”看護師の転職.jp” 運営者で看護師の「知念杏菜」の紹介

知念杏菜 その他

知念 杏菜とは?

知念杏菜

経歴

平成7年
愛知県で生まれる
平成26年3月
春日ヶ丘高校 卒業
平成29年3月
愛北看護専門学校 卒業
平成29年4月
江南厚生病院 入職
令和2年3月
江南厚生病院 退職
令和2年8月
株式会社Sun Life 入職
令和5年7月
MEDI株式会社 設立

愛知県生まれ、愛知県育ちの29歳です。
趣味は旅行とおいしいものを食べること。後はゴルフとゲームが好きです。
特技はパンを焼くこと。こねるのがストレス発散にもなっています。パンの種ってスライムに似てるんです。

看護師を目指したきっかけは?

看護師を目指したきっかけは、かっこ良いから。医療ドラマ「ナースのお仕事」や「医龍」、「コードブルー」などが大好きだった私は自然と医療職に惹かれていました。 願書の提出先も「少しでも綺麗な病院で働きたい!」と思い、沢山の病院を見にいき一番綺麗だった病院の付属の学校に進学先を決めました。

無事合格した私は、看護学校に入学しテストと実習に励みました。実習は自分の力不足による悔しさなど辛く、何度も泣いて眠れない夜もありました。しかし、座学よりは実習の方が楽しかったです。

看護師時代の思い出

現役看護師の時も楽しいこともあれば、辛かった記憶も勿論沢山あります。

楽しかったのは、患者さんから「ありがとう。」と言われた時、先輩や同期、後輩と一緒に働いていたことですね。大好きな先輩との夜勤はむしろ楽しみにしていたほどです。

病院の付属の学校に就職したため、同級生も多かったですし食堂でプチ同窓会をしていたのも懐かしい思い出です。
退職してからもまだご飯に行ったり、遊びに行ったりしてくれる同級生や先輩、後輩に本当に感謝しています。
後は、個人的にルート確保が好きでした。血液内科の患者さんは輸血を何度もされていたり、抗癌剤や移植などで血管が硬くなってしまう方も多かったです。
かなりルート確保の難易度が高い方も多くいらっしゃいましたが、その中でも「なるべく痛みが少ないように。」と一生懸命頑張っていました。今は針を触る機会はほとんどなくなってしまいましたが、逆血が来たときの達成感や安心感は今でも忘れられません。

看護師を辞めた理由

患者さんの一言がきっかけになりました。
今でも心に残っている最期の時を一緒に過ごした女性の患者さん。新人の時から私のことを娘のように気にかけてくれていて、色々な事を教えてくださった患者さんでした。「生命ってね、有限なんだよ。知念ちゃんはまだ22歳で若いし、今からやろうと思えば何でもできる。本当は何がしたい?看護師もすごく素敵な仕事だけど、本当にやりたい事を精一杯やってね。そうじゃないと後悔するよ。」と。
その他にも「看護師ってすごく素晴らしい仕事だけど、知念ちゃんは看護師でずっといるんじゃなくて、別の仕事をして試しに会社でもやってみたら?世界は広いし、もっと色々な世界や人を見てみなよ。」と経営者の患者さんに言われたことがきっかけです。

その言葉をいただいた時、「看護師になったけど、看護師以外にも挑戦しても良いんだ。」と心にストンと入った記憶があります。
沢山の患者さんたちが生命をかけて人生の大切さを教えてもらった私は、大きな一歩を踏み出すために看護師を辞めました。

第二の人生

意を決して辞めた私は、以前から関わりがあった会社の社長に声をかけられ代表取締役副社長として2020年8月に就任しました。医療の現場とは違う福祉の世界。勿論知識や経験を活かせる場面は沢山ありましたが新しいことばかりで沢山壁にぶつかりました。

特に力を入れたのは営業活動です。病棟で働いていた時は名刺すら持ったことのなかった私でしたが、毎日挨拶回りに行き入職当時2人の入居者さんだった状態から半年ほどで15人の入居者さんに入居していただくことが出来ました。 現在は代表取締役に就任し、サービスの質の向上や満足度の向上のために仲間と力を合わせて頑張っています。

大きな挑戦

私が看護師2年目の時に感じていた気持ち。
「看護師の看護は誰がしてくれるのだろう。いつか、看護師さんを救えるような仕事をしたい。」と考えていました。

看護師だって、辛い時は看護されたい。心配だってされたいし、誰かに支えてもらいたい。きっと同じ人間だから皆そう思っているのではないかな?その看護師さんたちの人生に寄り添い、その人らしく生きていってもらいたい。という目標が出来ました。

その目標に近づくために2023年7月10日にM E D I株式会社を設立しました。由来はメディカルとメディアの頭文字を取りました。今はS N Sなどを通して気軽に世界中の方達と繋がることが出来ます。色々な手段を使って看護師さんの人生に寄り添えるようなサービスや情報を発信していければと思っています。

日本中の看護師さんがその人らしく生きていけますように。沢山の幸せを感じながら大切な時間を生きていけますように。私は心から願っています。